第 11 回  日 本 編 集 者 学 会 セ ミ ナ ー


書 物 の 黄 金 時 代  二十世紀初頭、イギリス・フランスの出版と編集

第一部  出版の新しいかたち ― プライヴェットプレスと木口木版の世界 草光 俊雄

第二部  二人女性編集者 シルヴィア・ビーチとアンドリエンヌ・モニエ 宮下 志朗

10月20日(土)   14時開始   17時終了  (開場13時半)

専修大学 神田キャンパス  5号館  6階  561教室

資料代 : 2000円(非会員)   1000円(会員)   学生無料


[イギリス]  出版の新しいかたち─プライヴェットプレスと木口木版の世界  草光俊雄[東京大学名誉教授]

 二十世紀初頭のイギリス出版界での大きな特色の一つは、小さな出版社が個性あふれる本を次々に発表していたことです。例えばヴァージニア・ウルフとレナード・ウルフによって1917年に設立された<ホガース書房 The Hogarth Press>はブルームズベリ・グループの作品やエリオットの『荒地』の出版でも知られていますが、これらとは別にきわめてユニークな本作りを行うグループがありました。それは私家出版(Private Press)と呼ばれるもので、同じ美的な嗜好を持つ少数の読者に向けての出版活動でした。多くはイラストを多用し、それも前世紀末に写真の登場とともに廃れてしまった木口木版を再生させた独特の本作りをするグループでした。

 ウイリアム・モリスが始めたケルムスコット・プレスでもエドワード・バーン=ジョーンズなどの挿絵が木口木版で刷られてモリス自身が飾り文字を彫ったと言われ、この辺りで私家出版と木口木版の結びつきが実現したとも考えられますが、その後二十世紀に入ると、多くの木口木版を実践するアーティストが出現し、全盛期を迎えた私家出版の美しい本のページを飾ることになります。

 また、この時代に見られるもう一つの特徴は、新たな活字の創作とカリグラフィーの復活です。モリスも自身で創案した活字を作成しましたが、この時代もギルによるギルサンなど今日でも使用されている活字が作られ、エドワード・ジョンストンなど優れたレタリングやカリグラフの作家が登場し、本作りの黄金期が現出します。こうしたこの時代の新しい動向を紹介しながら、そこに登場する人々について出来るだけ言及できればと考えています。


[木口木版について]

 木口木版は、十九世紀の初めにニューカッスルの版画家トマス・ビュイックによって開発された版画の技法で、板の垂直断面を表面に主として柘植などの堅い木を材料に、通常の木版ウッドブロックと比べれば遙かに繊細な表現を可能とした技法である。木口木版は摩耗の割合も通常の木版よりは遅く、と言うことはより多くの印刷を可能にした。このことから十九世紀のイラストの多くは木口木版によって行われることになったが、そこにはもうひとつ、他のイラストの手段として用いられていた銅版画との違いを考えなければならない。つまり、木口木版の場合、活字の高さと同じ厚さの木材を利用することによって印刷はいっぺんに可能であるが、銅版画は厚さが薄いので活字の印刷と同時に行うことは出来ないという不便があった。木口木版は有名なところではディエール兄弟Dalziel Brothersの企業など多くの版画家を抱えた専門企業が栄えて、イラスト付きの新聞や、多くの挿絵入りの書物を生みだしていくことになる。しかし十九世紀後半になり、写真を印刷することが可能になると突然に木口木版は衰退してしまう。



[フランス]  二人の女性編集者─シルヴィア・ビーチとアドリエンヌ・モニエ   宮下志朗 [東京大学名誉教授]

 1920年代の初め、パリのオデオン通りに二人の女性編集者が書店・書肆を構えていました。一人は<書肆シェイクスピア Shakespeare & Company>(1919-41)の店主でアメリカ出身のシルヴィア・ビーチ、もう一人は<本の友の家 La Maison des Amis des Livres>(1915-51)という貸本屋兼書店を経営するフランス人のアドリエンヌ・モニエです。二人はこの街で出会い、友人以上の関係、いわば同性愛関係にあったとされています。そしてこの二人の女性編集者と二軒の書店・出版社の元に、当時の前衛作家たちや、旅行中・亡命中の多くの外国人作家たちが集まってきます。ヴァレリー・ラルボー、アンドレ・ジッド、ポール・ヴァレリー、アーネスト・ヘミングウェイ、ジェイムズ・ジョイス、スコット・フィッツジェラルド、ヴァルター・ベンヤミン等々、この時代の新しい文学を創造した高名な作家たちです。

 またこの時代は私家版の季刊文芸誌の全盛期で、多くのリトルマガジンが発刊され、当時の前衛的な文学作品の発表の場になりました。ジョイス『ユリシーズ』の仏訳が載った「コメルス Commerce」(1924-32)はその代表的な雑誌ですが、アドリエンヌ・モニエがこれに飽き足らずに発刊した「銀の船 Le Navire d’Argent」(1925-26)などは、短命でしたが多くの成果を残し、ヘミングウェイやズヴェーヴォやサン=テクスなどは、みんなこの雑誌のおかげで認知されることになったと言われています。

 こうした動向を、パリで撮った写真や資料なども交えて、具体的に紹介したいと思います。


草光俊雄(くさみつ・としお)

1946年生れ。73年慶應義塾大学経済学部卒業、75年同大学大学院修士課程修了。83年英国シェフィールド大学博士課程修了(PhD)。ニーダム研究所研究員、上智大学、日本女子大学を経て93年東京大学教養学部助教授、94年同教授。2004年から17年まで放送大学教授を勤める。東京大学名誉教授、英国王立歴史学会フェロー。専攻はイギリス社会経済史・文化史。著書に『明け方のホルン』(小沢書店1997、みすず書房2006)、『歴史の工房』(みすず書房2016)があり、訳書にピーター・スタンスキー『ウイリアム・モリス』(雄松堂出版1989)がある。

宮下志朗(みやした・しろう)

1947年生れ。73年東京大学文学部仏文科卒業、76年同大学院修士課程修了。岡山大学、中央大学、東京都立大学を経て東京大学教養学部教授。2017年まで放送大学教養学部教授を勤める。東京大学名誉教授。専攻はフランス文学。主著に『本の都市リヨン』(晶文社1989、大佛次郎賞)、『読書の首都パリ』(みすず書房1998)、『書物史のために』(晶文社2002)等、主訳書にゾラ『初期名作選』(藤原書店2004)、モンテーニュ『エセー』(全七巻、白水社2005-16)、ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』(全五巻、ちくま文庫2005-12、読売文学賞)、グルニエ『書物の宮殿』(岩波書店2017)など多数。

問い合わせ先:日本編集者学会事務局 〒102-0074 東京都千代田区九段南3-2-2森ビル5階 ㈱田畑書店 内
tel:03-6272-5718 fax:03-3261-2263 e-mail:info@tabatashoten.co.jp

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