幸田文 「台所育ち」 というアイデンティティー

 

藤本寿彦著「幸田文 「台所育ち」 というアイデンティティー

 

父の死が国葬になる……そんな特殊な立ち位置から「露伴の想ひ出屋」として作家生活をスタートせざるを得なかった幸田文が、父・露伴の傘の下を脱し、真にオリジナルな自らの文学を確立していく過程を、各作品を丹念に読み込むことで、本書はつぶさに論じています。
「父から授かった厳しい躾が作家・幸田文を生んだ」という凡百のありきたりな作家論を超えて、「台所育ち」という特異なキーワードを用い、幸田文が露伴の影響と闘いながらいかにして自らのオリジナルな〈セルフイメージ〉を摑んでいったのか、を明らかにします。
「台所育ち」の原像をつくった『あとみよそわか』。作家・幸田文を生き直す契機となった『終焉』から、『流れる』、『おとうと』へと続く作品群。そしてポスト結核小説の嚆矢(こうし)となった『闘』から、「台所育ち」の豊かな感性が自然に触れる地点から生まれた『木』や『崩れる』などの名作を、あくまでもテクストに当たることで論じ尽くした本書は、これから幸田文を読もうとする読者にとっても、格好の「幸田文入門」となっています。

藤本 寿彦(フジモト トシヒコ)

1952年、愛媛県生まれ。奈良大学文学部国文学科教授。近代詩歌、高村光太郎ほかの大正詩、四季派と呼ばれる詩人から谷川俊太郎までの昭和詩の研究に携わる。また幸田文、森田たまなどの女性作家の研究。著書に、「周縁としてのモダニズム―日本現代詩の底流」(2009年) 「幸田文「わたし」であることへ―「想ひ出屋」から作家への軌跡をたどる」(2007年)他、編著書多数。

 

はしがき
序 章  「台所育ち」というセルフイメージと、その表象世界
      家事労働を体得した身体性を物語る――「松之山の地滑り」論
     「台所育ち」の原像――「あとみよそわか」論

第一章  「文子」が生き直す物語たち
      幸田文の誕生――「雑記」論
      疎外する文学、生き直す文学――「終焉」論
      変容する戦後空間「菅野」と「私」の造型――「菅野の記」論

第二章   開かれていく語りの世界
      新しい語りを求めて――「糞土の墻」論
     「帆前掛をかける」女の物語――「勲章」論
       セクシュアリティを表象する小説へ——「姦声」論

第三章   幸田文の再生 戦後世界を生きる女性性を表象する
      戦後世界を生きる〈寡婦〉の行く末——『流れる』論
     『番茶菓子』が表象するもの
     「台所育ち」というセルフイメージと創作戦略——連続随筆論

第四章   身近にある生と死を物語る
      読者の想念上に生き続ける「おとうと」を求めて——『おとうと』論
      ロマンとしての結核小説を脱構築する——『闘』論
      ポスト結核小説としての『闘』の問題性
      関東大震災を起点とする『きもの』の世界

第五章   大自然を歩く 「台所育ち」の豊かな感性世界
     「身近にあるすきま」の発見とその展開——「ひのき」(『木』)論
      どのようにして想定外の景観を書くか(I)——『崩れ』論
      どのようにして想定外の景観を書くか(Ⅱ)——『崩れ』論
あとがき