幸田文 「台所育ち」 というアイデンティティー

藤本 寿彦


価格 4,180 円(税込
四六判 上製 縦197mm 横138mm 512ページ
ISBN 978-4-8038-0345-7  


 藤本 寿彦(フジモト トシヒコ)

 1952年、愛媛県生まれ。奈良大学文学部国文学科教授。近代詩歌、高村光太郎ほかの大正詩、四季派と呼ばれる詩人から谷川俊太郎までの昭和詩の研究に携わる。また幸田文、森田たまなどの女性作家の研究。著書に、「周縁としてのモダニズム―日本現代詩の底流」(2009年) 「幸田文「わたし」であることへ―「想ひ出屋」から作家への軌跡をたどる」(2007年)他、編著書多数。

内容紹介

 父の死が国葬になる……そんな特殊な立ち位置から「露伴の想ひ出屋」として作家生活をスタートせざるを得なかった幸田文が、父・露伴の傘の下を脱し、真にオリジナルな自らの文学を確立していく過程を、各作品を丹念に読み込むことで、本書はつぶさに論じています。

「父から授かった厳しい躾が作家・幸田文を生んだ」という凡百のありきたりな作家論を超えて、「台所育ち」という特異なキーワードを用い、幸田文が露伴の影響と闘いながらいかにして自らのオリジナルな〈セルフイメージ〉を摑んでいったのか、を明らかにします。

「台所育ち」の原像をつくった『あとみよそわか』。作家・幸田文を生き直す契機となった『終焉』から、『流れる』、『おとうと』へと続く作品群。そしてポスト結核小説の嚆矢(こうし)となった『闘』から、「台所育ち」の豊かな感性が自然に触れる地点から生まれた『木』や『崩れる』などの名作を、あくまでもテクストに当たることで論じ尽くした本書は、これから幸田文を読もうとする読者にとっても、格好の「幸田文入門」となっています。


書評掲載

2017年11月25日 図書新聞  第3329号 評者: 杉浦晋 
2017年9月26日  サンデー毎日  10月8日増大号 評者: 村松友視

「はしがき」より

平林(たい子)たち女性作家は、文壇で喧伝される文学のモードに敏感に反応しながら、主に文芸雑誌の内側に棲息した。こうした文壇内に棲息する表現者と異なり、幸田文はその域外に存在する素人(「台所育ち」の表現者)であり続けた。そして、国家や社会を組み替えるロジック(倫理観や政治思想)を深化させようとする彼らとは異なり、従来文学表象の対象とならなかった家事を眼差す。そして台所を中心とした家庭を活力のある生活の場とする知恵の世界へ、幸田文が創造した語り手は読者をいざなう。その表現者像は「台所育ち」という自己認識で象徴される。日々の生活を眼差しつつ、見逃しやすい身近な問題と向かい合う中で、多くの女性と連帯するテクストを生み出し、物語の語り手の視野は今日の問題と深く関わる地震災害へまで及んでいる。(中略)本書は従来の作家論とは異なり、幸田文と彼女のテクストとを切り分け、メディア表彰されたテクストたちを初期から晩年まで読み通すことで、近現代文学の領域において類例のない「台所育ち」という表現者像を提起した。

目次

序 章
 「台所育ち」というセルフイメージと、その表象世界
 家事労働を体得した身体性を物語る――「松之山の地滑り」論
 「台所育ち」の原像――「あとみよそわか」論
第一章 「文子」が生き直す物語たち
 幸田文の誕生――「雑記」論
 疎外する文学、生き直す文学――「終焉」論
 変容する戦後空間「菅野」と「私」の造型――「菅野の記」論
第二章 開かれていく語りの世界
 新しい語りを求めて――「糞土の墻」論
 「帆前掛をかける」女の物語――「勲章」論
 セクシュアリティを表象する小説へ――「姦声」論
第三章 幸田文の再生 戦後世界を生きる女性性を表象する
 戦後世界を生きる〈寡婦〉の行く末――『流れる』論
 『番茶菓子』が表象するもの
 「台所育ち」というセルフイメージと創作戦略――連続随筆論
 第四章 身近にある生と死を物語る
 読者の想念上に生き続ける「おとうと」を求めて――『おとうと』論
 ロマンとしての結核小説を脱構築する――『闘』論
 ポスト結核小説としての『闘』の問題性
 関東大震災を起点とする『きもの』の世界
第五章 大自然を歩く 「台所育ち」の豊かな感性世界
 「身近にあるすきま」の発見とその展開――「ひのき」(『木』)論
 どのようにして想定外の景観を書くか(I)――『崩れ』論
 どのようにして想定外の景観を書くか(Ⅱ)――『崩れ』論
あとがき