村田和樹 わたしを生きる 現代語訳『正法眼蔵・現成公案』

能登の山は深い――そのことを実感するのは、「のと里山空港」に着陸間際、飛行機の窓から半島を見下ろしたときです。空港から車でわずか十分強。アクセスは抜群によいけれど、幹線道路から山道に入ると、いきなり人里離れた感が襲ってきます。

石川県輪島市三井町与呂見。住所を記せばそうなりますが、カーナビのルートも怪しくなるあたり、深い山のなかに〈修養道場龍昌寺〉と刻まれた石柱が現れてきます。

本書の著者・村田和樹さんが40年ほど前に、山を切り拓いて建てたお寺です。石柱脇の舗装道路を進むと、次第に景色か広がり、畑の向こうにお堂と庫裏か見えてきます。このどこか懐かしげな里山風景のなかに、「よろみ村」を営む世帯か点々と手作りの家を構えているのです。

玄関を開けるとまず、真っ白な毛並みも美しい柴犬か元気に出迎えてくれます。それから「いらっしゃい」という和樹さんの太い声に続いて、奥様の啓子さんの柔らかな笑顔。

庫裏の中では土と禅に根ざした、ていねいな「暮らし」が息づいているのかすぐさま分かります。

 

村田和樹……1950年に金沢市に生まれる。生家は曹洞宗の寺だった学説入門、15歳のころ、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになり、その穴を埋めるにはどうしたらよいか悩みに悩み、結局、自らも仏門を志す。

駒澤大学卒業後、73年に京都の安泰寺に入り、内山興正老師の元で修行。80年、輪島市三井町の与呂見の山中にチェーンソー片手に入山、龍昌寺を開く。85年ころより。志を同じくする仲間たちと、農地「よろみ村」を拓き、座禅と農業を中心とした里山暮らしを営む。

龍昌寺を開いてから40年、人を募ってずっと行ってきたのは、『正法眼蔵』の勉強会でした。

 

曹洞宗の開祖・道元か書いた『正法眼蔵』は言わずと知れた禅の経典ですが、その形而上学的な奥深さと格調高い詩文は、宗教を超えた多くの哲学者や文筆家を魅了し、これまでにも様々な解釈や解説を施した書籍か刊行されてきました。

そのなかでも今回、和樹さんか試みた「正法眼蔵・現成公案」の現代語訳『わたしを生きる』は異色の書です。

まずもって。言葉か平易で圧倒的にあたたかい。それは決して頭だけの解釈でなく、まさに半世紀以上かけて自らの身体を通して会得した「生身のことば」だからです。また、本書に特徴的なのは巻末に付した【訳注】です。和樹さんはお寺での『正法眼蔵』の勉強会とは別にここ20年ほど、近隣にある七尾市で有志を集って読書会「哲学を読む会」を続けていますが、【訳注】に上げられた書の幅広さと選書の確かさはその賜物でしょう。

読者は原文を読み、また和樹さんの解釈に触れ、そしてこの【訳注】と照合することで、より深い理解を得ることかできるに違いありません。

あくまで「生活」に根ざした訳文からは、和樹さんのあたたかく懐の深い声が響いてくるようです。これまでは和樹さんに直接触れることでしか味わえなかった『正法眼蔵・現成公案』の現代語氈本書か哲学や宗教を超え、また世代を超えて、困難な時代を生きていく人々の「人生の書」となることを願ってやみません。

 

 

 哲学や宗教を超えた「人生の書」

わたしを生きる 現代語訳『正法眼蔵・現成公案』 

村田 和樹

 2019年9月20日発売

価格 1,400円+税

ISBN 978-4-8038-0361-7 Cコード C0115

 

 

文庫判 上製 200ページ

縦 156mm × 横 113mm × 厚さ 17mm × 重さ 213g

 

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書評掲載情報

2019年10月 モルゲン 10月号

 

道元さんはこんなことを言っていたんだ。

「現成公案」、それは自己肯定の力。

曹洞宗の開祖・道元の『正法眼蔵』は、仏教思想書として長く読まれてきました。また禅の真髄を著した教典として、これまで仏教界のみならず、哲学者などもその注釈につとめてきましたが、格調高い文章である一方、その難解さは一般の読者を遠ざけてきました。

本書は、能登の里山に山寺を開き、禅と農を中心とした生活を営みながら、道元の教えを身をもって実践してきた著者か、『正法眼蔵』のなかでももっとも如実に道元の思想を示している「現成公案」を、現代人、特に若者にむけてやさしく解き明かしたものです。

 

目次

はじめに
わたしを生きる―現代語訳『正法眼蔵・現成公案』
【訳注】

村田 和樹  (ムラタ ワジュ)  (

1950年、金沢市に生まれる。生家は曹洞宗の寺だが、15歳のとき、胸にポッカリ穴が空いたようになり、その機縁で自らも仏門を志す。駒沢大学卒業後、73年に京都の安泰寺に入り、内山興正老師の元で修行する。
80年に石川県輪島市三井町与呂見の山中にチェーンソーを片手に入山、龍昌寺を開く。85年ころより志を同じくする仲間たちと農地「よろみ村」を拓き、坐禅を中心とした山暮らしを営む。なお、近隣の七尾市にて月に一度、仲間と催す読書会「哲学を読む会」は、20年続いている。